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東京地方裁判所 昭和30年(モ)1329号 判決

債権者 日本食糧倉庫株式会社

債務者 社団法人食糧倶楽部

主文

一、当裁判所が、昭和三十年(ヨ)第三二六号不動産仮処分事件について、同年一月二十四日にした仮処分決定はこれを取消す。

二、本件仮処分申請はこれを却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一債権者の主張

(申請の趣旨)

(一)  主文第一項の仮処分決定を、「債務者は、別紙目録〈省略〉記載の電話交換機(以上本件電話交換機という)に接続している内外線の電話交換に関しては、本件電話交換機だけを使用しなければならず、かつ、本件電話交換機を取りはずしたり、その使用を停止したり、その他本件電話交換機の現状を変更する一切の行為をしてはならない」という趣旨に変更する判決、もし、これが認容されないときは、主文第一項の仮処分決定を認可する判決を求める。

(申請の理由)

(二) 本件電話交換機は、債権者の所有であるところ、昭和二十五年二月「債権者は債務者に対し、本件電話交換機を無償で使用させると共に、その機能が消滅しない限り、債務者において、使用すべき義務を負担すべきこと」を約し、(以下この契約を本件契約という。)爾来債務者は、その所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件物件という。)の三階電話交換室において、本件建物内部に架設されている債務者名義の各電話加入権と外線との電話交換に使用し、本件建物の賃借人である債権者もこれを利用して来たのである。

(三) ところが債務者は、昭和三十年一月七日本件建物の使用者(債権者も含む)等に対し、新たに電信電話公社から電話交換機を借り受けて、本件電話交換機と取りかえる旨を通告して来たが、右は、本件契約、すなわち、本件電話交換の機能が消滅しない限り債務者に於て使用するという約旨に反するものである、けだし、本件電話交換機は、富士電機株式会社が昭和十七年に製造したもので、その耐用年数は二十年以上であり、現在その機能に何等の支障なく今後もなお約十年は十分に使用できるからである。

(四) 本件電話交換機はその附属充電器と共に、本件建物三階の電話交換室に適合するように組立据付けられ、かつ債権者が昭和二十五年二月二十七日本件電話交換機を閉鎖機関整理委員会から払下げをうけるとき他に転売しないことを条件に譲り受けたものであり、その上、当時逓信省では、本件電話交換機の形式のものは、新規設置を認めないことになつていたので、本件電話交換機を現在の交換室から取りはずすことは、その効用においても、価値においても、無に等しくすることになり、更に本件建物及び、その内部に架設されている電話加入権の所有者である債務者も当時、新交換機を設置する経済的余裕なくまた建物管理上の必要もなかつた。このような事情から、本件契約が、当事者双方の間に結ばれたのであるが、これらの事情は現在も変りない。しかも、本件電話交換機には、現在内線八十三本が接続されているけれども、これを製造元である富士通信機製造株式会社に保守させると保守料一ケ月約一万九千円で足り、総数百二十本の内線を設置する能力を有している、これに反し、債務者が、本件契約に違反して取りつけようと企ててゐる電信電話公社の共電式復式交換機二百型では、二百万円以上の電信電話債券を引き受けなければならないほか、配線据付工事費に相当額の出費を要し、その保守には内線百本として一ケ月約五万円の保守料を必要とする。しかして、債務者は、年間二百万円余の利益をあげるにすぎないのに、これを越える出費をしてまで、電話交換機を取りかえる以上、当然本件建物の賃借人である債権者等に対し、その負担を転嫁して、将来家賃を増額するであらうことは明らかであり、また、本件電話交換機の使用料をとらない代りに、債権者は、その借室の一部を通路敷として他よりも安い賃料で借りているが、この利益も失われようとしており、なお、債務者は、かねてから債権者を本件建物から追いだそうと画策しており、無益な交換機取替工事もその一端の現れである。

これを、要するに、債務者が、本件電話交換機の取替工事を強行してしまうと、債権者は電信電話公社との関係で本件契約の履行を債務者に求める由なく、あまつさえ賃料の増額、賃借人としての地位の不安等、物心両面に蒙る損害は著るしいものがあるといわねばならない。

(五) よつて、債権者は、本件契約の存在確認と、その履行を求めるため、本案訴訟を準備中であるが、今にして、本件契約上の債務者の義務の履行を求めておかないと、前示のような著るしい損害を避けることができないから、申立の趣旨前段のような仮の地位を定める仮処分を求める次第である。

(六) 仮に右(五)のような仮処分が許されないとしても、債権者は、主文第一項の仮処分を申請し、本件電話交換機の現状を変更してはならないとの仮処分決定を得たのであるが、右仮処分決定の趣旨は本件電話交換機に内線が接続され、これを使用して電話通信をなしつつある現状を変更してはならないというのであつて、単にその物理的形状の変更を禁止した趣旨に止まらないと解すべきである。よつて、右(五)と同一の理由により、主文第一項の仮処分決定の認可を求める。

(七) 仮に以上の申立がすべて理由がないとしても、本件、電話交換機は、債権者の所有に属するものであるが、債務者は、本件電話交換機に附属していた充電器を勝手に撤去して処分してしまつたことがあり、本件電話交換機も同様の運命に陥るかもしれないので、本件電話交換機の所有権確認を求める本案訴訟に備えて主文第一項の仮処分の申請をし、主文第一項の仮処分決定を得たのであるから、これが認可を求める。

(八) 債務者の主張するような、主文第一項の仮処分決定を取消すべき特別事情は存在しない。

第二債務者の主張

(異議申立の趣旨)

(一)  主文第一、二項同旨の判決を求める。

(申請の趣旨並びに理由の変更に対する異議)

(二) 債権者は、当初、本件電話交換機の所有権確認もしくは所有権に基く返還請求権をもつて、被保全請求権確認もしくは所有権に基く返還請求権をもつて、被保全請求権としていたのに、これに追加的変更をして、本件契約の存在確認とその履行請求を被保全請求権としたが、両者はその法律要件発生事実を異にし、その請求の基礎に同一性がないから、右の変更は許されない。

(異議の理由)

(三) 債権者の主張事実のうち、本件電話交換機、本件建物及び、右建物内に設置されている電話加入権が、いずれも、もと中央食糧営団の所有であつたが、債権者の主張するような日時に、本件電話交換機は債権者の、本件建物及び電話加入権は、債務者のそれぞれ所有になつたこと、債務者が昭和二十五年二月頃から現在まで本件電話交換機を本件建物三階にある電話交換室に設置したまま、無償で使用して、本件建物の賃借人である債権者等と外部の電話通信の用に供して来たこと、債権者の主張する日時に本件電話交換機を取替える旨の通告をしたこと、本件電話交換機に現在内線八十三本が接続されていることは認めるが、債権者の主張するような本件電話交換機をその機能が消滅しない限り債務者において使用する義務がある旨の本件契約の存在は、否認しその他の主張事実を争う、

(四) 債務者は、本件電話交換機が故障多く電信電話公社から新交換機を借り受けた場合に比して経費もかかるので昭和三十年一月中旬債権者に対し、本件電話交換機を返還すると申し出たのであるが、債権者は、これを拒絶した。一方本件仮処分の執行に受けた当時、既に電信電話公社から借りうける新電話交換機が据えつけられて、設備工事中であつたが、本件建物内の他の賃借人には、全国食糧事業協同組合連合会東京穀物商品取引所のような半公共的団体があり電話交換機の機能の優劣が如何に重大な影響をあたえるかは、多言を要しない、債権者の本件仮処分決定の存続は債務者の電話交換機取替工事を妨害し右のような経済上重要な団体の機能を麻痺させるものであるから、主文第一項の仮処分決定を取消すべき特別の事情が存する。

第三疏明〈省略〉

理由

(一)  債権者の申立の趣旨並びに理由の追加的変更が許容されるかという点について判断する。

一般に仮処分手続きにおいても、民事訴訟法第二百三十二条が準用されるものと解すべきところ、仮処分訴訟における請求の基礎とは、右仮処分の申請により債権者の追求しようとする事実的な利益を指すものであり、この事実的利益が質的に同一である限り、請求の基礎に変更なきものとみるべきである。債権者は、主文第一項の仮処分申請当時、本件電話交換機の所有権確認の本案訴訟に備えて、所有権に基く返還請求権を被保全権利とし、保全の必要性として債務者が本件電話交換機を他に処分する惧があることを、その理由としていたが、その趣旨とするところは、本件電話交換機の現状の変更禁止を求めるにあつた。右の仮処分の理由と申請の趣旨とを綜合考察すると、本件仮処分申請において債権者または本件電話交換機が現に使用されている状況をそのまま維持することが、本件電話交換機の所有者である債権者の利益に帰するとして、本件電話交換機の現状維持を求めていたことが明らかである。しかして債権者は、本件口頭弁論の段階において、申請の趣旨を追加的に変更して、右債権者の追求する利益を明確にすると共に本件契約の存在確認と、その履行請求権を被保全権利に追加したものであるから、債権者の右変更は、請求の基礎において同一であつて変更なく、かつ、右変更により、訴訟手続を著るしく遅滞させるものとも認められないから、債権者の右申請の趣旨及び理由の変更は許されるべきものである。

(二)  次に債権者の主張する本件契約の存否について判断する。

債権者が昭和二十五年二月二十七日本件電話交換機を閉鎖機関整理委員会から払下げをうけて、その所有権を取得したことは、当事者間に争がない、証人山口清朔(第二回)の供述により、成立を認める甲第十一、第十二、第十四、第十五、第十六号証の各記載及び証人、飯塚善太郎、同山口清朔(第一回)の各供述によれば、債権者の主張するように、本件電話交換機が、債権者の所有に帰した直後の昭和二十五年二月末頃、債権者側から飯塚善太郎、布川重之が、債務者側から落合慶四郎外一名がそれぞれ出て接渉して、本件電話交換機を、債務者に無償で使用させるかわりに、債務者は、本件電話交換機の機能が消滅しない限り使用する義務を負う旨の契約、すなわち、本件契約が当事者間に成立したかのような、記載や供述があるけれども、これらの疏明資料は、証人花田政春の供述によつて、成立を認める、乙第四、第五、第六号証の各記載と証人落合慶四郎、同花田政春の各供述に照らすと、措信できず、かえつて右乙号証の各記載や落合、花田両証人の供述を綜合すると、債権者が譲りうけた当時、本件電話交換機の交換事務を行つていたのは、食糧配給公団であり、従つて本件電話交換機の当時の使用者は同公団であつたものと見るべく、同公団が昭和二十七年三月その清算事務もほぼ終了した頃、本件電話交換機による電話交換事務を債務者が引き継いで行うことになり、爾後、債務者において本件交換機の保守費用や交換手の給料等を負担してきたがその間債権者から別段の異議の申出もなく、食糧配給公団時代から、債務者が交換事務を行うようになつた時代を通じて、本件電話交換機の使用料を債権者に支払つたことがなく、また使用期間或は債権者の主張する本件契約のような趣旨の合意がなされた形跡がないことが一応認められる。従つて、債権者の主張するような本件契約が存在したものとは認めるに足りる資料がなく、他にこの認定を左右する疏明資料はない。

(三)  果してそうだとすると、債権者の本件契約の存在を前提とする主張は、その他の点について判断するまでもなく失当である。

(四)  更に本件電話交換機の所有権に基く返還請求権を被保全権利とする債権者の主張について判断する。

本件電話交換機が債権者の所有に属すること、昭和三十年一月七日債務者が本件電話交換機の取替工事にかかる旨を債権者等に通告したことは当事者間に争なく、証人落合慶四郎、同花田政春等の各供述によれば、債務者は同月十日頃に本件電話交換機を債権者に返還する旨申入れたことが疏明せられているので、債権者の所有権に基く返還請求権の保全の必要、もしくは、本件電話交換機の所有権確認の本案訴訟のために、本件仮処分を申請する必要性を認めることができない。

(五)  よつて債権者の主張する本件仮処分申請の理由はいずれもその疏明なく、また保証をたてさせて疏明に代えることも適当とは認め難いから、結局主文第一項の仮処分決定はこれを取り消すべきであり、その仮処分申請は却下を免れない。訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言については、同法第百九十六条を適用した。

(裁判官 福森浩)

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